【アフィコーメンの儀式】
過越の祭りにおける儀式的な食事のことを、「セデル」と言うが、その「セデル」の中に、 「アフィコーメンの儀式」というものがある。
それは、以下のようなものである。
食卓には布の袋(通常は絹製)が用意されていた。
この袋の内部は 3つの部分に分かれており、それぞれの部分に、マッツアという、平べったい形をした種なしパンが入れられた。
3枚の種なしパンは、父、子、聖霊の三位一体の神を象徴している。
3枚のパンの中から真ん中のパン(子なる神の象徴)だけが取り出され、2 つに裂かれ、半分だけが食された。
残りの半分は、亜麻布にくるんで家のどこかに隠された。
そして、メインコースの後、隠されていた残りの半分のパンを見つけ、それを布から出して食した。
つまり、「アフィコーメンの儀式」は、メインコースを挟んで前半と後半に分かれていたということである。
また「アフィコーメン」 とは、デザートという意味で、最後まで隠されていた半分の種なしパンのことを指す。
イエスは、この「アフィコーメン」を手にして、こう言われた。「取って食べ なさい。これはわたしのからだです」。
(1)このパンは、種なしパンであった。
これは、イエスには罪がなかったことを象徴している。
(2)このパンには筋が入っていた。
これは、イエスのからだに残されたむちの跡を象徴している。
(3)この パンには小さな穴があいていた。
これは、イエスのからだに残された釘と槍の跡 を象徴している。
(4)「新しい契約(新約)」は、イエスが十字架上でご自身のいのちをささげられた時に成就した。
「アフィコーメン」は、十字架上で裂かれた イエスのみからだの象徴である。
(5)このパン(アフィコーメン)を食する者(イエスの十字架を信じ受け入れる者)は、罪の赦しと永遠のいのちを受ける。
私たちは、このパンを食した(十字架についたイエスを信じた)結果、罪の赦しと永遠のいのちを受けている。
現代のユダヤ人も、「アフィコーメンの儀式」を行うが、この隠された種無しパンが、イエスであることは知らない。